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今宵も月が綺麗ですね

なぜ、月は輝くのか。そして、偶像に生身のわたしが「アイラブユー」と思うことについて。

5人の皇子、国を治める ~ジャニーズWEST担、「SexyZone summer concert2014」以来のセクゾ魂で「STAGE」を観る~

 

・SexyZone、通称セクゾ。

 

・195か国をまたにかけたり、夏にメリークリスマスしたり、ドバイでなくデュバイにバイバイするトンチキで陽気な5人。

 

・「セクシーローズ」と顔面国宝少年・勝利くんがささやく瞬間は、世界で一番物音を立ててはいけない瞬間。

 

・ふまけんというのはどうやら最強シンメとの噂。

 

・総マリというかわい子ちゃんは相当かわいいらしい。

 

 

 

2014年7月23日。

こんなことだけを頭につめこんで、Y&Jコンサート経験しかなく、今よりはるかに若手事情に疎かったノー天気関西担の私は、知り合いに誘われ、埼玉スーパーアリーナにおりました。

 

初セクゾ!初セクゾ!と意気揚々と席についた途端、聞こえてきた言葉は、

 

 

「もし、マリウスがひどい目にあったら、私、許せないと思うから」

 

!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 

今、横の娘さん(推定、中学生)なんておっしゃった!?!?!?

 

!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 

あっけにとられているうちに幕が開き、3人しかいないステージがはじまってから、当時6年ほどはあったはずのジャニヲタ経験の中でも体験したことのない様子を目の当たりにしました。

 

 

まず、横の娘さん、号泣からの「見たくない、もう、なにこれ」とのつぶやきからの、まさかの着席。

横にいたお母さん(推定ですがジャニヲタではない)との

母)「せっかく来たんだから楽しめばいいのに」

娘)「できるわけないじゃん…ばか!」

母)「せっかく連れてきたあげたのに…もう来ないから」

娘)「ズッズッ(鼻をすする音)」

 

……………。

 

 

楽しそうにうちわをふるJr担と、うつむくセクガル。

 

……………。

 

 

明日に向かって撃て!』でセクゾに撃たれても微動だしないセクゾのファンのはずのセクガルと、空砲をうち続けるセクゾ

 

……………。

 

 

えっと、これ、ジャニーズのコンサート!?!?!?

それともなんか軽い地獄!?!?!?

 

セクゾはがんばっているようにみえるし、JrもJr担も、そしてセクガルだって悪くないのだが、どうしようもなく会場の空気が不穏&制御不能状態。

 

えっと、、、ここの国、大丈夫???

ごめん、見ているの、つ、ら、い、か、も…。

 

 

 

 

ちょっと、きつい言葉を使ってしまいましたが(ご不快だったらごめんなさい)、終始、号泣するマリウス担の娘さんの鼻をすする音が耳に残った私は、そこから一度もセクゾ魂に行きませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は流れ、2017年5月4日。

 

再び、知り合いに誘われ、TLの評判に背中を押され、正直おそるおそるではありましたが、私は横浜アリーナにおりました。

 

先に言っちゃいますが、結論としては最高のコンサートでした。

 

会場に入ると明るい笑顔のみに包まれており(清楚でかわいい子多しとわざわざ書いておきたいくらいセクガルかわいい)言い争う母娘も見つからず。

メイン画面には分数が「5分」「15分」「25分」になると「5」が赤く光る、いかしたデジタル時計(短い秒数では「5」は色が変わらないの、さらにいかす!!)があり、その赤がさらに安心の笑顔を作り出す好循環。

この時点で2014年のあの空気、忘れ始めました。

 

 

コンサート開始早々、皇子のお出ましといわんばかりに、モニター越しから本人たち登場。

見たい!君を見たいんだ!とばかりに前を向きながら頭を揺らめかせるセクガル達(かわいい)。

 

同時期におこなわれていたジャニーズWESTの「なうぇすと」もモニター越しからの登場なのですがそこは、“あ”あ“あ”本物のジャニーズWEST……ぎゃあーーー”な、所謂、本人確認歓声。

一方、セクゾは、“嗚呼、皇子さまっているんだ……はあぁあああ”という感嘆が漏れた声、そんな感じでした。

 

 

 

そう、セクゾはとにかく皇子さまだったのです。

 

 

顔がいいのはもちろんだし、衣装のコンセプトが皇子的なのもそうなんですが、立っているだけでこちらを圧倒するなにか、なんだろう、そうだ、血統みたいなものがある。ここがこうでこうだからという説明が難しい、見ただけで違うとわかっちゃうんですよ本物は、的な、あれ。

 

なのに、それに甘えず、ちゃんと皇子役を担いますよという覚悟がすごい(全員にあるけどケンティはやはりド級だった、バラを口に加えてたし、鱗粉までふりまいてたし。)。

 

お手の振り方、ファンの扱い方、ジャニーズWESTだとどちらかというと彼氏みが強いのですが、比較すると格式の高さに満ちていて、「まぁ、帝王学まで身につけられて…」と思わずつぶやきましたよ、私は。

 

 

 

 

セクガルでない私は、今回のコンサートにおける「5」の意味を、歴史の検証的にも感情的にもとてもとても理解しているとは言えないのですが、客席はもう登場から歓声が一度たりとも途切れない。

 

そして、その高まる感情をいい意味で逆なでしてくる風磨くんの演出。

 

みどりの光線でマリオネットになる5人。

光線を払おうとしても払えない5人。

しかし、もうこれを持つときめた途端、少しずつ光線をコントロールすることができはじめる5人。

光線でつくる5角形。

光線が客席を照らしはじめる。

光線は1本の線でなく、面でなく5人の盾のように広がり、もうその中にいることを怖れてなんていないという表情で客席を堂々とみつめる5人。

 

 

うううううううううう、すみません、セクガルじゃないのに泣きました。

あと叫びました。「て!!ん!!さ!!い!!」と。

 

 

自分たちもファンも苦しかった歴史を、自分たちだけでなく客席もつかって表現し、内包していく演出、て!!ん!!さ!!い!!

 

 

緑の光線を、大人たちの意思の象徴としたならば、光を失くすのではなくうまく使いこなせたら最強になれるって大人たちへアピールまでしてますます、て!!!ん!!!さ!!!い!!!

 

 

 

そして、5人の皇子は、玉座に座りっぱなしではなく、いちゃいちゃしたり、つむつむしたりしてお戯れまでお見せくださりました(ありがたきしあわせ)。

 

 

 

 

2014年、自国の民たちをうまく導けず、大人の政治に口を出すこともできず、ただ歌っていた5人の皇子……この3年で、皇子どころか皇帝になりやがった!!!

 

その皇帝の統治した国は、違う国の民(ジャス民)まで「となりの国、すげー美しーぞ!おい!」とはしゃぎまわってしまうほどの統治力を手にしていました(私のTLのジャス民、みんな横アリに見学に行き、べた褒めからのひれ伏しツイートかましてましたよ)。

 

 

そして、個人的にはずっと「トンチキソング!!」と言いながら楽しませてもらっていた(すみません、殴らないで)セクゾ曲たちでしたが、195か国をまたにかけたり、夏にメリークリスマスしたり、ドバイでなくデュバイにバイバイするのも、みんながひとつになれば明日がみえるのも、勝利の日までと歌うことも、もう国家としての国際的な思想の指し示しだと理解しました。

これからは、ようやく本当の意味で曲の素晴らしさを楽しめながら聞ける気がします。

 

 

 

なんだかばらばらとした雑感になってしまいましたが、まとめると、

 

歴史をつくると断言している素敵で強い皇子さまと、

赤い薔薇に誓いをたてれる美しい国

それが2017年のセクゾ魂での光景でした。

 

 

 

 

 

 

ちなみに…我が軍(ジャニーズWESTファンはジャニーズWESTをしばしばこう呼びます)だって強いんですが(滲む本気愛)、やはりセクゾと比べてみると、かっこいいリア恋男子たちがイケイケどんどんで国家統治者になるまでの成り上がりを見守っている女たちというニュアンスのほうが我々のコミュニティを表現する際にはしっくりくる気がしました。

 

 

セクゾは王室が国民を率いる話。

WESTは民から革命を起こす話。

 

 

 

 

 

同じ国作りの話であり、いつだってジャニーズのグループ論とはそうでなるのかもしれませんが、前提つーか、文化つーか、なんか色んなことがで結構離れている気がしません?

いい国つくろうセクゾ幕府、いい国つくろうWEST幕府といういうかんじで、お互いに強い国になって、ジャニーズという星をぐるぐると力強くまわすときには手を組みましょうね的な存在になれるといいなと思っています(訳がわからぬドヤ結論…)。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時、号泣していたマリウス担の娘さんも「STAGE」みているといいな。

 

 

 

 

 

セクガルじゃないので、なんか間違っているところあったらセクシーソーリー。

以上、隣国からのレポートでした、セクシーサンキュー。

(外国では見様見真似でその国の言葉を使う主義)

 

 

猫を捨て太陽になった男の子・重岡大毅

 

 

 

溺れるナイフ」の本編とメイキングを観ました。

 

旦那氏からの

「君もたまには存分に自宅でジャニヲタクライフをしたかろう、息子氏と自分は、祖父母の家に二日ほどバカンスに向かう!」

という神発言。

「結構存分にやっておりますけど…」という返答は大人の瞬発力で胸にしまい笑顔でお見送り。

玄関先でされた「あの大量の録画を消すなり焼くなり、雑誌を捨てるなり分別するなり、な?(な?が強め)」と比較的眼光鋭め発言に大人の瞬発力で「はい!!」と元気よく返した直後、観ました。

 

夫氏のやってほしい事リクエストにはまったく答えていない行為なのですが、私はどうしてもこれを集中して観たかった。

 

 

 

重岡大毅をほんの欠片でも、最悪、自分のつくったイミテーションでもいいから掴みたくて。

 

 

 

 

 

「なうぇすと」ツアーに何度か足を運んだ時に、私は重岡くんがすごく気になりました。

もちろん毎回の御髪のスタイリングも気になった(YES、前髪過激派)んですが、そうじゃないところで。

 

 

重岡君よ、なぜ切ない歌の時に笑顔をのぞかせるのかい?

重岡君よ、ファンとの距離めちゃくちゃ均等やね

重岡君よ、どうしてそんなに瞬発的に人に絡むのか(特に淳太)?

 

 

 

ヲタクとアイドルの宿命(遠い距離)ゆえに問いかけることもできず、ティーンばりに胸をモヤモヤさせている中での「猫、捨てた」発言。

 

 

君はどんな猫を飼っていたのだい?

かわいいヤツ?

陽気なヤツ?

気まぐれなヤツ?

しっぽの先くるんってなってるヤツ?

 

 

都内有数の猫スポットに住んでいることをいいことに、出勤中に猫を眺めながらいや、この猫の話じゃねえと思いつつもまた胸をモヤモヤさせる日々。

 

ティーンでもないし、猫アレルギーでもある私は、軽い混乱の最中、なにか少しでも辞書になりえるものを探し、そう、荒野を歩いていたのです。

 

 

溺れるナイフ」の撮影は2015年の秋ですので、今の重岡くんが映っているわけではないのは承知でしたが、重岡君の中にあるしみついたものが映っていないだろうか、それは2年前に買った辞書でもきちんと調べ物には作用するのと同意ではないか?

と、考えなくてもいい理屈をこねくりまわしてディスクを入れました。

(私というヲタクがしてしまう偶像パーツ集めと、偶像Q&Aについての是非議論は今回は畳んで脇に置いておきます♡)

 

 

 

 

メイキングを観ていたときのことでした。

監督こだわりのキスシーンという長丁場を終えた重岡君にカメラを向けながらスタッフの人が小声で「すごいねー」といいます。

「いいね」という意味ではなく「すごい(現場だ)ねー。」の意味です。

 

同意の表情をみせたあと重岡君はこういいました。

 

「いいですね。このみんなの気合いの入り方というか、この尋常じゃないかんじ。ええ作品に出れてるな、いい現場におるなって。」

 

そして、「おつかれさまです」とスタッフと言葉を交わしますが、スタッフの言葉には再び軽い不安と不満の色合い。そのあと重岡君は言います。

 

「これどーすんだろうね、いつになるんだろうね、このカットは(笑)。」

 

そのあと、撮休にずれ込むかなというところまで話が進んだとき、重岡君は同意を断ち切ります。

 

「なんとかなるっしょ、おれはもう…なんとかなるっきゃない」

 

 

なんて周りを否定せずに、空気をかえる人なんだ、キミは。

 

過酷な場所にいる人に、ただ頑張ろうということの空虚さ、しかし反対に寄せてしまえば愚痴るだけの無意味さ。

 

どちらにもいかない絶妙なバランス感覚。

 

 

役を演じ角に苦心していた本人も言っていた小松菜々ちゃんとのメイキングシーンでは、常に小松さんの反応を見ている1秒が存在しました。そして、その反応をみてからもう用済みのはずの椿を再び口に加えてみたり、どうでもいいジョークを言ったりしている。

 

その絶妙さは、観察と考察から生まれているものなのだ。

 

 

そんな重岡君は菅田君から完成披露試写会の壇上で「現場の太陽だった」といわれていました。

 

 

 

 

 

 

重岡君よ、なぜ切ない歌の時に笑顔をのぞかせるのかい?

重岡君よ、ファンとの距離めちゃくちゃ均等やね?

重岡君よ、どうしてそんなに瞬発的に人に絡むのか(特に淳太)?

 

 

 

録画の消化も、雑誌の整理もほっぽり出して長い時間「溺れるナイフ」を見つめ続けてもその問いの答えそのものは辞書には書いていませんでした。

猫のしっぽもつかめませんでした。

 

 

しかし、私の中に圧倒的信頼が生まれたのです。

 

切ない歌の時に笑顔をのぞかせる理由がある。

ファンとの一定の距離には理由がある。

尋常ならざるウザがらみには理由がある。

 

それが正当で正解でなくても、重岡君が観察と考察をしたうえで、自分の置き場所を決めてやっていることであるという信頼。

理解していなかったり、さぼっていたり、むやみやたらにやっているわけではないという信頼。

 

ウザがらみも、なにもかも簡単に発散して怒りに発展させない(「おまえなんやねん!!」をWESTいちのスピードと頻度でいう)安心の淳太くんにしているのも観察と考察ゆえかもしれない(そーだそーだというヲタクの希望をこめて)。

 

 

 

松竹時代の重岡君を見たことのない私は「捨てた猫」がどんなやつだったかはわかりませんが、「猫をかぶる」でいることは自分が相手から危害を加えられぬ安全な場所にいるためにすることです。

 

 

「太陽になる」ことは自分は常にメラメラと燃え続け、太陽系を照らすためにしていることです。

 

 

猫(自分のためだけ)を自覚的に捨て、太陽(まわりを照らす)と人に評されるセンターがいるのがジャニーズWESTなのです。

 

 

ちなみに、太陽のはじまりはこうです。

ガスが自分の重力で集まって密度を増して分子雲になる。

その分子雲がまた自分の力で収縮し太陽のもとの星になる。

その星がまた自分の力で成長して燃え始めるそうで、そう、すべては自分の頑張りだそうです。

 

 

「なうぇすと」ツアーとは、ジャニーズWESTの変化宣言、即時実行、過去と未来の保証である

 


今のジャニーズWESTがスキャンされる。
即時データベースが公開される。
それぞれに客席をジッと見つめる7人。
反射的にあがる黄色い歓声。

ディディディディディ、私たちが愛してやまないイントロ。
同時に現れたシルエットは耳に手をあて、今目覚めるかのよう。
そして、7人は横並びだった。

 

 

 

12月25日になんやらかんやらとネゴシエーションの末に大阪へ向かい、アイコンだったお友達お顔を生で拝み、「ぼくたちの夢へようこそ」といわれはじめてコンサートで泣き、はじめて自担が涙をこらえている姿を眼球で捉え膝がガクガクした日から、「2」を見ては潤み、「4」がそこにあったらさらにヤバく、「W」を見ては空を仰ぎ、「T」を見ては目を閉じて染み入る、さらに「重」もむりだし、「中」もだめだし、「感謝」はもうアウトみたいな、年末感謝セールのチラシでさえ普通に読めない日々を送っていた私。

 

この記事を書いたあと

 

numadeasobusokohamizuumi.hatenablog.com

 

 

同じキーワードの活用形でなんやらかんやら1月3日には無事に横浜アリーナに向かい(I’mネゴシエーター)、興奮したら折ってしまうのでは?と雪だるまのボリュームに比べると不安で名前も知らぬ奴のペンラを握りしめ立っていました。


そして、宮城(I’mネゴシエーター再び)、先週の静岡(実家への帰省を活用)でくしゃみを連発しながら(あの山の花粉、凄くなかったですか???)私の『なうぇすと』ツアーは終了を迎えました。
ということで先にn回目の結論にはなりますが「ジャニーズWESTは最高だ」というメッセージを個人的なツアー振り返りとともにビンにつめ、ネットの海にどんぶらこ~と流しておきたいと思います。


※以後当然のネタバレブログです、知りたくない!という方は回れ右でお願いいたします

 

 

 

ジャニーズWESTの変化宣言

 

私も勿論、パリマニ大好き芸人(ジャス民通常感覚)の1人として、テンションぶちあがったOPだったわけですが、7人が均等な距離、同じポーズで登場したことには大きな意味があったと思います。
そう、いつだって俺たちの始まりイメージは重岡君の「ええじゃないかー」か「いくぞー」的な掛け声だったよね?
そうでないないことが、ぶちあげで始まるという合図。

 

続いて『なうぇすと』のOP曲でもある「Unlimited」。
たった1週間ほど前に【憧れてきた夢のステージ】に立った7人が、今ここで歌っていることがもはやCDをリリースした時とは違う。
そう、今!今なんだ!と頭を殴られるような衝撃。
全ての濵田担の血の温度が上昇したであろう京セラでの涙をこらえる濵田くんのぷくう顔。私の血も生命維持ぎりぎりまで温度上昇し、一生忘れない!!と6902684回刻んだ。でも、濵田くんおよびWEST、今は全然違う顔してる。

 

今、見るべきものが、見逃してはいけないものがクソほどある!!


オタク本能と経験が叫ぶ!!!


「私よ、記憶の容量整理、今しないで、いつするの!?!?」


ぷくう顔はデスクトップから、マイコンピューターに移動。


安心しろ、ぷくう顔はテレビ誌とドル誌で保管できる!!!

 

 


【Ah…今はまだ 僕らは旅の途中 一緒に行こう Just believe yourself …Unlimited】

 

 

 

 

 

ジャニーズWESTの即時実行

 

瞬時にあけた容量に流れ込む大量の新しいデータ。
『King of chance』での、神ちゃんのトランペット。
『You’re My Treasure』での、のんすけによるどセンター会場支配。
『CHO-EXTASY』での、ツインを引きつれた神ちゃん先頭花道切り裂き。
死ぬほどかっこいいジャケットプレイからのアイスの被りもんの高低差、これまでとは比べ物にならないギャップという武器の強さ(耳キーン)。

 

1人が中心にいて、それを6人が囲むというフォーメーションが何度も展開されるけれど、誰が真ん中でも大丈夫。

 

重岡くん+ばどユニット曲のリア恋演出力。
はまこたユニット曲のシンプルでもきちんと魅せれる力。
りゅせかみユニット曲のやんちゃ帝王力

 

 

見たことない。
毎日死ぬほどあなたたちのことを見てるつもりですが、見たことないWEST。
でも、想像はしてみてた。
こんなの見たいと。
新しいが全部欲しかったやつ。すごい。

 

 

欲しいものをこっちが検索しなくても即時お届けしてくるとか、Amazonプライムより便利だし、頼もしいんですけど!!!


流通革命!!

 

 

 


【アップデートする僕ら】
【超いい…。】

 

 


ジャニーズWESTの過去と未来の保証

 

 

ぐわんぐわんと頭が新しいデータで埋め尽くされている最中、流星君のゆるんだ笑顔の続いて重岡君がいいました。


「ええじゃないかー!」と。

 

『ええじゃないか』『バンザイ夢マンサイ』『逆転Winner』『夢を抱きしめて』…ジャニーズWESTを好きになってから毎日見てきたジャニーズWESTの映像が頭の隅で走馬灯のように流れる。
このコンサートがはじまってから、重岡くん(センター)でない人がコンサートの空気引っ張ってきた感をどこかしら感じていた私。


でも重岡くんが「ええじゃないかー」といった瞬間から会場とステージの距離が一気に近づいた。
そこでここまでの空気の多くが「圧倒」でできていたことに気づく。


だから新しかった。
でも、私たちはこの巻き込まれる感覚「一緒」という感覚でこれまでWESTを愛してきたし、それはなくしたくないし、それを一番ここに力強く持ち込めるのは重岡くん(センター)だと思った。

 

 

そして「一緒」の空気は『バリパピ』でそれは爆発する。

 


私たちが築かせてもらったものの上に、今がある。
とにかく「○○件のアップデートがあります」と表示が出て、許可ボタン押したけど仕様はどれだけ変更になるのかしら~なんて不安になるあの気持ちを、過去の上に立つというスタンスを後半にしっかり示すことで解消してくれるジャニーズWEST


お客様満足度ナンバーでしかない。


キャリア(担当ユニ替え)変更しません!!!!

 

 

アイドルを愛するということは、あくまで相手は偶像ではあるけれど、愛している私たちは実像です。

 

あの時にあの曲を聞いた。
あの時にあの公演に行った。
あの時にキミを思い出した。

 

そういうことは相手(自担)には直接は届かないけれど、こちらとしてはとてもとても大事なことです。
(少女趣味かよ…なんて馬鹿にされても1000%の力で言い返す準備はできてる)

 

 

過去の想い、思い出、積み上げてきた日々をアイドルが、「君たち
と僕たちのそれらがあって今の僕らがあるんだよ」と肯定してくれることほど大切なやり取りがあるでしょうか。

 

自担にうちわ指さされたらそりゃ嬉しい、けど、見えない席まで見えないうちわまですでにジャニーズWESTは与えてくれているし、それを「なう」の中にちゃんと入れ込んでくれているとその時、私は思ったのです。

 

 


そして、濵田君は私が最後のチケットを握りしめていった公演の最後にこう言ってくれました。

 

 

 

ジャニーズWESTは、過去と明日を保証してくれるアイドルです。
変化宣言して、即時実行して、新しいことでファンの頭をぎゅんぎゅんに回転させるだけではないアイドルです。


そう、ジャニーズWESTの「なう」は最高。
「なうぇすと」は最高。

 

 

 

 

【この手は離さない You’re my desire Oh singin’ Oh】
【何も怖くはない I’m a believer Oh singin’ Oh Year】

「破門」 “木下ケンの恋”という妄想

 

木下ケン 
「二蝶会」の若手構成員。上部団体である神戸川坂会の“本部部屋住み”として修業経験もある、やくざのエリート。兄貴分の桑原に対して「桑原の兄貴は裏表がないし、行くときは自分が行く。俺は好きですよ。」「『昭和残侠伝』を絵に描いたような人」と言い尊敬している。

 


はい、観てきました『破門 ふたりのヤクビョーガミ』。

YABAIZO!!!!
刺激的コンビ!!!! 衝撃的くわにの!!!

 

 

と観たあと5時間たってようやくちょけれるくらいコンビとはなにか?の概念の深淵をいく映画だったのですが本編に対する考察はまた後日書くとして、我らが濵田崇裕が演じる木下ケンへの妄想が止まらなくなりました。


このままだと一晩中shake in do it do it do it nowしちゃいそうなので、“トイレかよ、ここは”という使い方をブログでして申し訳ないのですが、吐いたら楽になるよと優しく私が背中をさするので、ちょっとこみあがる妄想を失礼しますね、おえー(混乱具合、察してください)。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

兄貴、いなくなっちゃいましたね(映画のラストからはじまります)。

 

子分にわーわーいわれたくない桑原は「おまえ、変なこといいだすんじゃねーぞ」と先にくぎ刺し済みなので、ケンは桑原最後の日、深々と頭下げます。
で、「二蝶会」の若手としていつか桑原さんが帰ってくる日までこの場所を守ることを胸に頑張ることを決意します。

 

たぶん、彫り物追加しちゃうね。ケンは。場所を守る決意の表れで。
ちなみに、ケンは本当は結構痛がりさんなんだけど(乱闘シーンのあと結構顔に出てたし)、「痛い」って意地でも口には出さないタイプです(ケンの耐える苦悶の表情いいぞ、1800円の価値以上これだけであった)。

 

 

そのあと、こうなります。

 

 

 

 

この水商売のお姉さんなんですけど、たぶんね、もともと家庭環境があんまりよくなくて、そのせいの自然な流れ半分、なにかのため(たぶん弟の学費工面、でもお金できた時に弟は思春期のせいもあってその金を汚れた金として受け取らないんだけど、そのはなしはまたに)に半分で水商売にはいってて、結構やくざの男歴あります。
本人は色んな意味で、ここをきっと抜けられないことを薄々感じてます。

 

 

ケンはね、もちろん童貞じゃないですよ。
これまで、先輩と夜の街でそれぞれ女抱くかんじの流れになるときあるでしょうね、夜の街だもん。
そこでの後輩として断らないという流れにおける性の経験は豊富だし、まぁあれだけ俊敏さあるわけなのでセックスうまいんですけど(もちろんだよ)、ガチの恋セックスしたことあるのか?というとないですね(桃色の溜息)。

 

 

ケンはたまたま人に連れられて行った店でその美人お姉さんの、弟のための金を預けてる口座がある的な部分をどこかで感じて好きになっちゃいます。
で、お姉さんもまんざらじゃない、つーか惹かれてる、こういう実直系おにいさんなかなかいないからね、夜の街。
でも、お姉さんもこれまでの自分の生き方ってのがあるので、ただの女じゃありません。はじめはお客さんの舎弟扱いで飼っている犬の世話頼みます。それで自然に鍵渡します(うまい!さすが!)。

 

犬の面倒、真面目にみるケン(いい!)。
2週間くらい、ひたすら真面目に犬の面倒みてるだけ(いい!!)。
お姉さん帰ってきたら鍵渡してすぐ帰るケン(いい!!!)
マロンちゃん(ミニチュアダックスフンドの名前)、ケンになつきます(いい!!!!)。

 

で、3週間目にお姉さんちょっと怖いお客に乱暴されて帰ってきます(夜の世界こわい!)。帰って来てよくあることだから的な軽薄な笑顔と笑い声あげてシャワー浴びるお姉さん。

出てくるとケンが「大切にしてください、じぶん」といい、相変わらず鍵渡すだけのつもりだったんですけど、お姉さんが思わず抱きついてきて「こんなオンナ、誰のお嫁さんにもなれないよね」なんて言っちゃいます。はい、もうお姉さん決壊。ケンもそりゃ決壊。

 

で、それからは毎日、お姉さんの家にいっちゃいます。
マロンちゃんもうれしそう。
はじめての恋にばかみたいに夢中になっちゃうケン(ばか!すき!)。

 

 

でも、お姉さん、ずるいんだ。
ケンに全部賭けられないんだ。
そりゃそうだ。これまでの歴史と生き方とお金の使い方はなかなか変えられないもの。
好きなんだけどね。ケンのこと。
で、切ることのできなかったやんちゃなおじさんにケンはぼこぼこにされて、この恋は終わります。

これをまとめると「弄ばれた」になるけれど、まあ単純な「弄ばれた」ではないかもしれませんね。うん。


まぁ、でもここまできたら、せっかくだから、殴られた後ゴミ捨て場に捨てられようか、ケン(わたしカラスに転生してその姿を最前でみるね)。
泣いちゃうね、ケン(カラスですが撫でさせてください)。

 

 

そのあと、そーだなー2年くらいかな、定食屋の女のことが目に入るまでかかります。


この定食屋の娘さんね、二蝶会の事務所の近くの定食屋の娘で、荒っぽいお客さんも多いですね、この店。
で、若いときからこの店を手伝ってるんで、女子独特の強さでおじちゃんをいなす力があります。

注文とるのも、片づけるのもてきぱきしてますが。男っけなくて処女です、22歳くらいですけどね(ヒロインみ)。
で、昔から店にたまに飯を食いに来るケン(絶対に食べ物残しません)のこと気になってます(少女漫画み)。

 

で、ある日、店で中途半端やくざみたいな人同士の結構大きめのもめ事起きちゃって、その場にたまたまケンも居合わせます。
机が大きな音でガッチャンってなった瞬間、この娘、「ほかのお客さんに迷惑です!」っていうの(えらい)。
でも、暴れてるやつらは男も女も関係なくなぐる流儀の人なんで、突き飛ばされます。
で、ケンはほら、女は殴らない流派の桑原の弟分なんで、「女殴ったら男の格が下がりますで」と格の違いを1秒で見せつけて外連れ出します(たぶん外でやってる、なにかしら)。

 

戻ってきて、倒れている娘と机、起こして、定食の続きをもくもく食べます(もちろん完食)。「ごっそーさんした、お姉さん、その度胸ええけど気をつけなな、女なんやから」とお代を渡してくれます(ごめん、この時代に男たるもの的なやつです、ケンは、昭和の任侠好きなんで)。

 

 

そこから、来店ごとにちょこちょこしゃべるようになります(ケン、無意識に口数増えてるパターンね)。
で、娘がちょっとここから積極的に映画に誘ったりしちゃって(ケン、断りはしないくらいの感情の広がりあります)、無理やり木下を人生ではじめてデートに連れ出しちゃいます(ケン、映画館でキャラメルポップコーン初体験)。

娘、デートは積極的なんですが、まぁいかんせん処女なんで、なかなか性的なお誘いはできません(実家住まいだし、木下もカタギの娘になかなか踏みこめない、にやにや)。

 

 

で、ベタですけど、ケン、風邪ひきます。
で、娘、はじめてケンのアパートいきます。
で、おかゆつくっちゃいます。
ケン、おかゆ食べたの、いつぶりでしょうか?
はじめてだよ、たぶん。
風邪ひいてもおかゆ誰もつくってくれない家庭環境だったんだよ、ケンは。
「これがおかゆか」っておもわずポロリとでちゃいます、言葉と涙(ケン自信もびっくり)。

 

はい、もうするしかないね!
熱あってもするよね!!!!

 

でもね、ケン、全裸になりません。いつまでも肌着きたまま。
しかも、途中でやめそうになる。

なぜかって?????

 

 

刺青みせたくないの!!!


もちろん、刺青入れたこと、後悔なんてしてないよ!!!


ケンは自分の人生、覚悟して歩んでるから!!!

 

でもね、刺青のある体と、刺青なんてもちろんない娘の身体が直に触れ合うことが、境界線を越えて、彼女の人生をこちら側に寄せちゃうことなの!!!!

 


ためらうケン。

娘、肌着に手をかける(処女なのにすぎょい)。

娘、肌着脱がせる(処女なのにすぎょい 二回目)。

娘、刺青に口づけ(処女なのにすぎょい、三回目)。

はい、この人を自分のものにしたい思いが、制御力を上回るしゅ!ん!か!ん!!!!


で、こうなります。

 

 

 

 

 

はああああああああああああ、いい人生だよ、木下ケン。

ちなみにですが、家族持ちのやくざ、ケンは

「いってきます」はいうけど帰りの予定は絶対言わないんだよ。

できない約束はしないから(卒倒)。

 

 

「吐いたゲロ(妄想)は、よう飲まん」。
たいへん失礼いたしました。

たいへんすっきりしました。do it do it do it now.

 

 

 

 

『雪に願いを』(濵田崇裕&小瀧望ユニット曲)は,大人が歌う少年性とのユニゾンであるのでは?論

 


「なうぇすと」に収録されている【はまこた】こと、濵田崇裕くんと小瀧望くんのユニット曲『雪に願いを』。
【はまこた】という四文字の響きだけで、ちょっと膝がガクガクしちゃいがちな私は、はじめて聴いたときに、ガクガク通り越してガックンと膝が折れました。

 

だって、真剣な真剣な真剣なバラード(「真剣」と書いて「マジ」と読む)。
真剣な真剣な真剣な歌い上げ曲(上と同じく)。

家の中だろうが、電車の中だろうが、何度でも膝を折られながらこの曲を聞いた私の勝手な深読み考察を、以下、非常に勝手ながら発表したいと思います。

 

 

この曲のよさはなんといっても、濵田くんの声質と小瀧君の声質の大きな違いが見事に組み合わさってところです。
濵田くんの声は、いつもに増して伸びやかで幅と艶があり、28歳の男性の存在感をありありと示してきます。
一方、小瀧くんの声は純真さが滲む透明感にあふれていて、実年齢の20歳よりはるかに少年のようです。

このリアリティのある大人の声と奇跡のような少年みのある声。
これが交互に歌ったり、組み合わさったりするわけですが、その歌割りにものすごくストーリー性がある気がするのです。

 

 

 

まず、冒頭から少年のような声で歌われる小瀧くんパートは、ロマンチックな表現が多い。

「ため息さえも白く形どった凍える街で」(街を修飾する言葉のロマンチックさ)
「僕の肩に降る華」(雪を華と表現するロマンチックさ)

 

一方、大人びた声で歌われる濵田くんパートは、

「いつもより寒いのは君がそばにいないせいかな?」
「去年と同じ様になんて とても笑えそうにない」

と、喪失感を抱えつつも、どこか断定的になりきれなかったり、今現在の心の叫びというよりは一歩ひいた目で自分を見つめるような表現が多く見られます。


2人で歌う
「こんなにもこんなにも愛しています」
というフレーズはあるものの、
「空は違うけど 君にも見せたいんだ」
が示す、その人を愛しているからその人に何をしたいのかという自分の欲望に関する断定的な表現、「見せたいんだ」を濵田君は歌いません。

 


……これは、喪失感を抱えながらもどこかこの状況に心が追い付いていない一人の男の人=僕(濵田くんによる表現)が、自分の中に眠っている少年性=純粋で無垢で恥ずかしさも伴う感情(小瀧くんによる表現)と向き合いながら、この喪失感をきちんと捉えようとする物語ではないでしょうか????(←深読みポイント)

 


1回目のサビの後、僕が「未完成だよ」という非直接的な否定語で感情を綴る中、少年性パートは再び「心に残してくれたモノ全部美しすぎて」ときちんと感情を口にします。

 

くぅうううう、大人の男が自分の感情見失って見えなくなってるのって最高!!!
論理的に考えられるくせに、感情論弱いんだから!!!!
で、自分でも把握できてないから勿論冷静な顔して出社しているのに、いつの間にか食欲は落ちてて、「なんか、濵田さん、最近、痩せてませんか?」と片思いされている女子社員に恋心込みであわよくば飯誘うくらいの気持ちの決死の覚悟で訊かれてるのに「えー、もともとやろ?」ってそっけなく返してるんでしょ…、本当は傷ついてるのに!!!!!!

 

…すみません、耐えきれず一度感情むき出してしまいました。
話を戻します。

 

 

このあと少年性は
「粉雪が溶けた道にほら 新しい花が咲いた」
と悲しみの中で、叶わぬ願いをかけた雪を表現した「華」と違う「花」を見つけようとしてくれます。
この少年性の前向きなあがきにより、ようやく大人である僕は
「なんだかやさしい記憶が 僕の涙誘った」
と感情に気づきはじめることができます。

 


そのあとのユニゾンパート
「変わり変わる空に~」
の部分は、少年性が僕をリードするように強く歌いあげますが、まだ僕は
「同じ空の下見てるかな?」
と疑問符つき。なかなか大人が素直になりきることの難しさがここに示されます。

 

しかし、少年性はあきらめない。
「確かに僕らは足跡つけた」
と僕に事実をつきつけます。
するとようやく、僕のパートで「宝物」というロマンチックワードが登場。僕の心が溶け始めます。濵田君の歌うこの「たからもの」という一音一音にこめられた愛しそうな声ったら、もう。世界でいちばん柔らかいものを最高に優しくしようという想いを込めながら男の掌で扱ってるような声。くぅ。

 


そして、このあと僕は
「あの日と同じ様になんて とても笑えそうにない」
ありったけの喪失感をこめて歌い上げます(濵田君の表現力の凄みたるや、くぅ)。「とても~でない」という一歩引いた表現は以前と変わらないけど、「去年」というあいまいな時系は「あの日」という明確なものになり、僕が喪失したものとの思い出にきちんと埋没していること、そのうえで「笑えない」という言葉を使うまでの素直さにはもう大人ゆえに変容できないこと、でも歌声は明らかに感情レベルが違う、その僕の揺らぎが一層切なさを生み出します。

 


最後の
「冬空に舞う雪に~」
からのユニゾンは、この曲のどこよりも濵田君と小瀧くんの声が均等にそろっており、僕と少年性がぐちゃぐちゃに美しく溶け合っている様子に感じられます。

そして
「君にも見せたいんだ」
…さっきは歌えなかった僕が、はっきりと自分の欲望を口にしてこの曲は終わります。この時、今まで透明感にあふれていた小瀧くんの声が、どこか少しだけ大人びてビターな色合いを帯びているのは、僕が少年性と向き合ったことにより、少年性自体が僕にきちんと吸収された証なのかもしれません。

 

 

……という物語を勝手に抱きながら見た「なうぇすと」ツアーのはまこた弾き語り……。

 

おそろいチックなファッションだけど、明らかに着る人の年齢層の違いを意識したそれぞれのスタイリングアレンジ。
少年性(小瀧くん)をちらちらと見つめる僕(濵田くん)。
しかし、最後のフレーズまで目が合わない2人。

 


私の膝はガクガクでもガックンでもなく、音もなく消失しまして、どうやって家まで帰ったのかわかりませんでした。とさ。

 

住所を知りもしない濵田崇裕様に送る 壁打ち年賀状

 

あけまして、おめでとうございます。

 

気持ちの良い晴れの日となった本日、ポストに濵田君の敬愛する嵐先輩からの年賀状が届いていました(1/全国民)。
そこには
「出し忘れていた人がいたら、いまからでもうれしい一枚を送っていただければ幸いです。」

という文字がありました。

 

24コンから帰ってくる新幹線の中で、自担である貴方こと、濵田崇裕さんに思ったことを横に長い静岡県を通過しているのに気づかないほど一心不乱に書き連ねていたのですが、仕事やら年末年始用やら24コンが楽しみすぎて、楽しすぎて眠れなかったことからくる身体のダメージおよび、どすこい重量の雪だるまペンラの振りすぎによるでPCに向かえず(言い訳)、もう年も明けちゃったなとか思っていましたが、嵐先輩の言葉に背中に押され、信じられないくらいの優良ビジュアルでカウコンに登場した貴方に年賀状を書こうと思います。

 

 

アイドルとファンという関係性上、もし、ポスト(イメージのポスト)にいれても住所不明で戻ってくるこの年賀状。
自宅のポスト戻ってくるまでにいろんな人が読んでくれるかもしれないけれど、貴方は読まない。
つまり、この年賀状は壁打ちです。打った球が戻ってくる、それを自分が楽しむだけ。
なので、結構気持ち込めちゃいますけど、許してくださいね(←もう自分勝手)。

(あっ、万が一、ネットの海で漂流したこの年賀状が貴方届いたとしたら、いくつかの言葉を打ち込んで、何度かクリックした結果だと思うので、そのあたりは自己責任でよろしくな)

 

 


昔、ブログにも書きましたが、私は貴方の一見とっつきやすそうに見えて複雑なところが、大好きです。

 

numadeasobusokohamizuumi.hatenablog.com

 

 


あーーーーーーーー好き。
この好きは、正確にいうと、仲間的な人間だと超超超おこがましくも思わせてくれることにに起因しているなと今はさらに思います(今から勢いで失礼ぶっこきますね)。

 

 

たとえば「イケメンいうたら男前のことや」という貴方。


私からすれば貴方は超超超タイプで超超超イケメンなお顔ですが、佐藤勝利くんと並んで「ジャジャン(クイズ音)!イケメンはどっち???」と≪クイズ100人に聞きました≫(世代…)がはじまったら佐藤勝利くんが勝つでしょう。

念のため、もう1回言う上に文字の大きさの変えときますけど、
私は貴方の顔が超超超顔が好きです。
けど、一般回答例はたぶん絶対、佐藤勝利くんです。


こういうことが貴方をNOTイケメンキャラという複雑さを持つ人間にしてきたんだと思う。
お顔をはじめとして、アイドルという貴方が所属する世界では比べられること、語られること必須な事項ですものね。ほかにもいろんな要素があったことでしょう。
MVの個人パート撮影の時、礼儀は正しいけど、どこか「照れ」や「謙遜」を滲ませる。
そんな時ほど、私は愛しさが増しました。

 

私も普通の人生を歩んでいる人間ですが、いろんなことで比較されます。
「美醜」、「かわいげ」、「仕事のキャリア」、「パートナーや友達がいるか否か」、「飲み会で盛り上げられるか否か」、「Twitterでセンスがあっていっぱいフォロワーがいるかどうか」、などなど。
自分が気にしていることも、気にしていないことも、外からいっぱい比べられます。
私だけじゃなく、きっとみんなそうでしょう。


で、まぁ私も普通に傷ついたりしてきた。
だから、貴方の複雑さが見えるたびに「超好きな人も、同じ人間!」と意地汚い喜びが沸きあがっていました。

 

 

一方で、今回の24コンで見せてくれた、いや、見せつけてくれた「一人セクサマ」やOP映像のトナカイポジション。
こういう、貴方の「まわりがおいしいところをまかせたくなるキャラ」に心底憧れていました。
「同じ人間!だけど、全然違う!会社のカラオケで一発目担わされて散々迷って入れた「仮面舞踏会」をあとで「あれ、中盤以降のほうがいいよ」とか言われる私と全然違う!!!そういうのができるのってかっこいいわー」と。

 


仲間であるのに憧れである貴方×顔が超超超好み。
こっちの好きも複雑!!!!!!!

なんかごめん!!!!!!

 

そんな貴方が24コンで「僕らの夢へようこそ」とドームの真ん中で堂々と(自分で考えたのかどうなのかわかりませんが)いつもは言わないエモーショナルなワードを口にしながら、これまた堂々と会場を抱きしめたこと。

 

「この景色はカメラで撮らないでおこう。また、肉眼で見にこよう」と記録魔の貴方がこれまたエモーショナルな感覚とワードを当たり前のように、しかもこれは100%自分の言葉として口にしたこと。

 

絶対に感情をこぼさない貴方が、きちんと感情をこぼしてしまったこと。


そこには、俺たち(おこがましいけどごめん!WE表記するぞ!)の複雑さの隠し技「照れ」「謙遜」がまったくなくて、私が思っていた貴方の像のバランスは美しい音をたてて崩れました。


そして、カウコンでMVP発表前にカメラばっちり目線で「どきどき演技」かましたのをみて、あっ、これ24コンオンリーモードではないのねと確信しました。

 

 

MVの個人パート撮影で照れちゃう貴方になんか安心していた。
センターに立ちたいといわない貴方になんか共感していた。

 

でも、もうそんな貴方は少しずつ消滅していくのかもしれません。
貴方の複雑さが変わっていくのが楽しみ。

あーーーー、楽しみ。


その変容を楽しめるように、私もいつまでも無駄な仲間意識を保持して、変化していく貴方に無駄な嫉妬をしてふてくされることなくありたいなと心から思いました。

「みんなより結構年寄りなんで」
「デビューしてからの新規なんで」
「仕事結構気を遣うやつなんで」
「子供いるんで」
「代謝悪いので」
「酒がないとやってられないんで」
「1日7時間は寝たい人なんで」
「元来、大雑把なヤツなんで」

そーなんだ、そーなんだけど、それを言い訳にしたうえでヲタ事でも普通の生活でも「照れ」や「謙遜」で逃げないようにしつつ、貴方のスーパーダッシュをかましそうなな2017年についていきたいと思います。

 

出し忘れた年賀状を出すことは私の2017年のための最良行動でした。

嵐先輩、ありがとうございます!!!!

 

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

ジャニーズWESTよ、陽だまりになってくれ、私はファン弟組としてペンライトの光になる

 

なんば駅から阪神なんば線に乗り換えた時、とてもいい匂いがしました。
いろんな女の人のいろんな匂いが交じり合ったいい匂い。
まだ小学生かもしれない女の子、双子コーデの10代女子、慣れたテンションの20代女子、お母さんと娘さん。(私は朝5時に東京を出てきた女)
まだ朝9時半。女の人たちが家で、今から向かう場所のために丁寧にまとってきたおめかしの匂いは=恋の匂いで、こんなにジャニーズWESTは恋されているんだと思うと、もう胸がいっぱいでした。

 

 

7色に光る雪だるま、その仕様のランクアップっぷりにその重さすらが愛しい……(後日、その重さゆえ二の腕の筋肉をやられてしまう事はこの時はまだ知らない)。
会場に入ると、ステージを照らしているライトの光が7色に見える……(本当は5色くらいだったけど見た瞬間に記憶を安易に捻じ曲げました)。

 


2016年のジャニーズWESTは、もともと惹かれていた個々のチャーミングさ(特に自担の濵田崇裕の複雑さと単純さのシーソーゲーム……とわざわざ書いておこう)やグループ内の関係性のあり方(特にそのシーソーゲームをうまく乗りこなしてくるはまこた……ともわざわざ書いておこう)に加え、ああーこの子たちはもっと上に行くという確信をひとつひとつ強めさせてくれるのが最高に楽しかった。
なにもかものやり方を知らない0歳児が、周りを見ながら学習し、ついには自分の意思であっちゃこっちゃ動き出す1歳児になるみたいなグングンさ。
このドームはきっとその成長の集大成になる、そう思っていました。

 

 


死ぬほどかわいいサンタ姿と死ぬほど愛しいトナカイ姿を拝んだあとの、1曲目「ええじゃないか」。


幕がおりた時、私は「ぎゃあああ、本物!」と頭の半分で大興奮しつつ、もう半分で、それはそれは静かに、デビューが7人になったことが発表されたときのあのシルエットからの幕おりを思い出しました。
何百回と“映像で”見たあのシルエット。

 

 

…………………あの映像を見るたびに……。
悔しかったーーーーーーー(本音)。
あそこにいたかったーーーー(無理)。
だって、その時はまだジャニーズWESTのファンじゃなかったからーーーーー(現実)。

 

で、姑息にも「今回はこのコンサートに来れてよかった」と強く強く思いました。

 

 


でも、コンサートが進んでいくうちに、このコンサートに来れて本当に楽しくて、本当にうれしいけど、なんだろう、その悔しい気持ちが幾ばくか平坦になって、さらには、来れてよかったと異様に強く思った気持ちがこれまた幾ばくか平坦になっていく感覚がありました。

 


私が必死に探して四角い画面の中だけで観た、彼らのJr,時代の曲。
重岡君がキメの言葉やフレーズをいうのがやっぱり一番しっくりくるWESTの初期曲。
ツインや神ちゃんがキメるから成り立つ最近のWESTの曲。
兄組だからなせるWESTをきっちり支える歌声&会場と自分達の融合を促す声掛け。
思い出と対峙して彼らが流した涙。
泣く人がいれば耐える人がいる絶妙のバランス。
会場に投げかけられたとびきりの笑顔。
メンバー同士が見つめあった時の最良の笑顔。

 

このコンサートにあった全部がジャニーズWESTにとってなくてはならないもので、私が観たことがあるものも、観たことないものも、はじめて肉眼で観たものも、全部が一気にまとめて放出されていた。

 


関西というジャニーズ文化の成り立ちの中で、松竹座からジャニーズWEST世代を応援してきたファンの皆さんは、彼らが感謝の言葉を述べたように、ここにジャニーズWESTが立つうえで無くてはならなかった存在だと、正直、本当に思う。
事務所の上の人の目が届いて、努力や才能がきちんと見出されて「YOU、出ちゃいなよ」が比較的多く存在する東京との落差を支えていたのは、本人たちの継続力とずっと応援してきたファンの人の熱量だったんだと思う。

 

だからこそ、途中でジャニーズWESTを好きになった私は、ふとした瞬間に引け目があった。あれも見てないし。フォト一揆もやってない。つーか、松竹座の場所も知らない(目をそらしながらのどきどき発言)。


でも、今回のコンサートにおける一気放出で、観れなかったものすべてを観た気になった。あくまで観た気。
観てきた人には、観てきた人の思い出がある。それは真実で、現実。
私のは観た気。それは感情による保管で、現実の話ではない。
でも、それでいいと思った。
だって、これが途中から好きになった私たちが手にできる最高地点で、そこまで手を引いてくれたのはまぎれもなくこのセトリでコンサートをしたジャニーズWESTだったから。

 

そして、ここまで支えてくれてきた先輩方、本当にありがとうございました…と思った。
今まで、悔しさや引け目が先に立って、なんかここまでは思えなかったこの感情。

 


そして、少しおこがましいかもしれないけれど、私たちはジャニーズWESTのファンは、ジャニーズWESTの兄組と弟組のようになれたら…と7人が挨拶している時に、彼らの物語に泣きながらも思った。

 

デビューしてから敬語の介在を失くした7人。
重岡くんは淳太くんにいたずらをし、照史くんはのんちゃんの胸でえんえん泣く。

でも、ここまで関西のメンバーで来れたのは淳太くんが、照史くんが、濵田君が、そしてステージにはもういない人がひっぱってくれたからだと心から弟組は思う。
そして、ジャニーズWESTを強くしてくれたのは、弟くんたちが活躍してくれるからだと心から兄組は思う。
そういう仲になれたらいいなと弟組の私は願おうと思うし、先輩と仲良くさせてもらえることがあれば、ちょっと生意気にいこうと思う(ちょっと生意気が魅力のジャニーズWEST弟組に免じてほしい)。

 


そして、挨拶のあと、「All My Love」で涙がこみ上げて歌えなくなった濵田くんが涙をこぼしているのか、こぼしていないのか、ツインの涙をはじめ色んな感情で潤んでしまった私の瞳×ポンコツ望遠鏡ではまったく見えなかった。


「遠いな」と思った。
で、それがすごく嬉しかった。

 

メンバーはがみんな、その直前の挨拶で「僕たちは(ファンと)遠くない」と繰り返していたけれど、それは気持ちの話(ありがてぇ申し出です)で、物理的な距離というか現実的な距離は事実、遠くなっている(結局、涙はどうだったのかしら…)。
でも、アイドルはその名の通り偶像である限り、遠くにいくことがアイドルとしての進化であり、正しい関係なのでは?と思った時、「ボクら」の歌詞が私の頭の中を走った。


「キミはキミのために生きるんだ ボクはキミの陽だまりになる」


陽だまりは、ただそこにあるもの。
暖かさというものをこちらが何も差し出さなくても享受できる場所。
つまり、相互関係ではない場所。
私たちがなにかを犠牲にしてまで差し出さなくても、ジャニーズWESTは自分たちの星の持つ熱量で暖かさを届けてくれるというのだ。

 

そこまでたどり着いているのだ、ジャニーズWESTというものは。
あぁ、アイドル、最高のアイドルじゃん!!!!

 


でも、陽だまりに「生まれてよかった」と言わせたり、目に涙を浮かばせることができるのは、ペンライトの光だけだという法則をがっちりと手にしたのも今回のコンサートだった。

行ける公演のチケットを手に入れて、家族に行きたいとできる範囲で交渉して、少し早起きしてグッズ列に並んで、友達と待ち合わせしてわきゃわきゃして、コンサートが始まったら手動でメンバーの色に光を変えて、コンサートが終わったら電源を切る。

 

自分の力でいつ誰に求められてもいいように暖かい場所を用意しているジャニーズWESTが放つ光とはまったく違う種類の光を私はこれからも照らそうと思う。

 

翌日、新大阪駅でクリスマスに留守番を頼んだ家族のために「551」をたんまり買って、東京についたら団扇をカバンに忍ばせて仕事をした。


私は私のために生きる。

キミたちは陽だまりになってくれ。ありがとう。